ストーリー

 泡沫と消えた未来 ── そこには人生があった

第一幕

タイタニックの船主J・ブルース・イスメイは、未曽有の沈没事故の責任を問う裁判の席で、人類がこれまで築き上げてきた偉大な建造物の数々に思いを馳せる(『いつの世も』)。かつては作成不可能と思われた豪華客船RMSタイタニック[※]は、その中でもすべてを凌駕するものだったのだ。

サウスハンプトンの波止場に到着した機関士フレドリック・バレットは、タイタニックのあまりの素晴らしさに驚嘆する(『どうやってタイタニックを造ったのか?』)。そこで彼は、見張り係フレドリック・フリートと無線係ハロルド・ブライドに出会う。「夢の船」を前にして驚きの声を上げる三人(『ほら、見ろ』)。やがて一等航海士マードックと二等航海士ライトーラーを始めとする船員たちも到着し、その中にタイタニックの船主イスメイと設計者トーマス・アンドリュースと船長E・J・スミスの姿がある。三人は、この「世界最大の可動物」を前に、それに関わっている自分たちを祝福し合う。

その後、次々に乗客たちが現れる。この偉大な船の処女航海に乗り合わせる幸運を噛み締める二等客と三等客の面々(『あの船に乗ろう』)。やがて一等客たちが到着すると、二等客であるアリス・ビーンは彼等の名前や功績を語り始める(『一等客名簿』)。遂に出航の時が訪れタイタニックは大海原へと走り出し、そこにいるすべての人間が、その船旅の安全を祈るのであった(『征け、タイタニック』)。

海の上、ブリッジにやってきたイスメイはスミス船長に「水曜の朝ではなく火曜の午後までに、タイタニックをニューヨークに到着させたい」と告げる。しかし、処女航海は安全を第一に考えるべきだ、とアンドリュースが主張する。ふたりの口論を聞いたうえで、船のスピードを少し上げるようにと指示する船長。ボイラールームで働くバレットはその指示を聞き、こんな新しい船で無理をするのは危険だと感じつつも、しぶしぶと命令に従う(『バレットの歌』)。

二等客室では、アリス・ビーンが一等客たちの壮麗さに憧れている一方で、彼女の夫である金物店店主エドガー・ビーンは自分たちの今の生活で充分満足なのである。アメリカでジャーナリストになることを夢見るチャールズ・クラークは婚約者のキャロライン・ネビルと旅をしている。キャロラインの父はふたりの婚約を認めなかったため、駆け落ちをしたのだ。

一等客室で社交界の大物たちは、人類が近頃成し遂げた功績を話し合っている。もちろん、その中でもタイタニックは最大のものだ(『なんて凄い時代だ』)。

三等客室、偶然にも同じケイトという名前を持つ三人のアイリッシュの娘たち(ケイト・マクゴーワンケイト・ムリンズケイト・マーフィー)が、他の乗客たちと共に、アメリカで待つ夢の暮らしを語り合う(『なりたい メイドに』)。マクゴーワンは、その中のひとりの若者ジム・ファレルに恋をする。

二等客室ではキャロラインとチャールズが夕食に出席するための準備をしていた。ふたりの間の階級差に縛られ苦悩するチャールズに、キャラインは優しく「本当に大切なのは、ふたりの絆。私に必要なのは、あなただけ。」と諭すのだった(『この手をあなたに』)。

船が進む中、イスメイから「船の名声を上げるためにもっとスピードを上げろ」という要求が出され、船長はこれを呑んでしまう。彼はマードックの仕事の質を称賛して「君も自分自身の判断で指示を出しても良い頃だ」と言うが、マードック本人はまだ自分がそこまでの責任を負うことはできないと思っていた(『船長になるということは』)。その頃、無線室ではブライドが客から託された数々のメッセージを送信する作業に追われていたが、恋人へのプロポーズを送ってくれというバレットの頼みに応える(『プロポーズ/夜空を飛ぶ』)。

日曜の朝、ミサに出席する一等客たち(『主よ 見守りたまえ』)。その後、彼等はデッキの上で、ハートリー率いる楽団が奏でる『最新のラグ』の調べに乗せてダンスを楽しむ(『最新のラグ』)。アリス・ビーンは、何度も給仕係に追い払われながらも何とか一等客のフロアに忍び込むが、やがて夫のエドガーに見つけられてしまう。望むライフスタイルの違いについて話し合うふたり(『踊ったのよ』)。

日が傾くに連れて気温が下がり、見張り係のフリートは天気のせいで氷山を見つけることが難しいことに気が付く(『月無夜』)。デッキでは、ケイト・マクゴーワンは、自分が既婚の男性との不倫の末に子供を宿してしまい、誰か父親になってくれる人と結婚する必要があることをジムに告げる。その頼みを、優しく受け入れるジム。年配の乗客イシドールアイダストラウス夫妻が、これから来る人生の計画をふたりで話し合っている一方、アリスは一等客のための喫煙室に忍び込む(『秋』

突然、フリートが氷山に気付き、慌ててブリッジに警告を発する。それを聞いたマードックも緊急回避の指示を出す。だが、時すでに遅く、タイタニックは氷山に接触してしまうのであった。

第二幕

エッチスを始めとする客室係たちが混乱する船客たちを起こしてまわっているが、彼等自身にも現状についての情報が伝わっていない(『起きて、起きて』)。ブリッジに到着し状況を把握した船長は、救命胴衣を着けるようにという指示を乗員乗客に出し、遭難信号を出すようにブリッジに命じる。そして、船が受けたダメージの度合いを調べるように頼まれたアンドリュースから、船体の損傷は船が持ち堪えられるよりも大きなものでありタイタニックはやがて沈むであろうことが、船長とイスメイに告げられる。だが、船の上にある救命ボートには乗員乗客の半数にも満たない人数しか乗ることができない、という事実が指摘されるのだった。

一等客室のダイニングサロンでは、乗客たちが船に異常が起きているとは信じられず、真夜中に起こされたことに不平をもらしていた(『寝巻の姿でグランドサロン』)。パニックを起こす理由は何も無い、と言って回る船員たち。誰も船に迫りくる危機に気付かずにいるが、そんな中で電灯が明滅し始める。船の電源が不安定になり始めたのだ。すべての乗客乗員が救命ボートへと急ぎだす。

三等客室では、三人のケイトとジムがどうにか甲板に出る方法を必死に見つけ出そうとしていた。そこにバレットがやってきて、彼等を助け出す(『階段』)。無線室では、ブライドが「一番近くにいて救助を頼める船はカルパチア号だが、タイタニックが沈むまでには間に合わない」と船長に告げる。この災害の責任をお互いに擦り付け合う船長、アンドリュース、イスメイの三人(『諍い』)。

女性と子供たちが救命ボートへと誘導され、男性は船上に残るように指示が出される(『救命ボートへ』)。マードックは「舟の漕ぎ手として最後の救命ボートに乗れ」とフリートとバレットに命令するが、バレットは舟の漕ぎ方を知らない。潔くその席をジムに譲ると、バレットは静かに遥かな恋人に別れを告げる。そして他の乗客たちも、彼と同じように愛する者たちとの別離を覚悟するのだった(『また明日、きっと』)。

ベルボーイが、すべての救命ボートが海に出たこと、そして残った乗客たちは既に覚悟を決めていることを船長に報告する。事故の全責任は自分にあると話すマードックに「今まで自分の担当した航海で事故など起きたことがなかった」と哀しげに語る船長。そんな彼を見て、エッチスは船長になることの責任の重さを歌う(『船長になるということは(リプライズ)』)。その頃、夫の元を去ることを拒否したアイダ、そしてイシドールの夫妻は、決して絶えることの無いお互いへの愛を静かに噛み締めていた(『今でも』)。

アンドリュースは一等客室の喫煙室で船の設計図を睨みながら、この船が如何に形を変えて波間に沈んでいくか、船に残った人々が如何に最期の時を迎えることになるかを思い描く(『アンドリュース氏の予見』)。

その朝早く、カルパチア号に救助された生存者たちは、静かにタイタニック号の悲劇を語り、沈んでいった船、死んでいった人々を悼む。その中にはブライドとイスメイの姿が。彼等は、この災害を避けられたかもしれない可能性について語り合う(『沈没』)。海に散った愛する人々、波間に消えた儚い夢。彼等にいつか再び巡り合える日が来ることを、みな静かに願うのだった(『いつの世も/フィナーレ』)。

沈まぬ船 タイタニック

豪華客船として知られたタイタニック。この船は豪華なだけではなく、機能性・安全性共に、当時としては最高クラスに属していた。
タイタニックの艦船接頭辞「RMS」は「Royal Mail Ship(英国郵便船) または Royal Mail Steamer(英国郵便汽船)」の略。ロイヤルメール社との契約により郵便物の輸送に使用される船舶に使用される。
それなりの速さで安全・正確に運行できるとみなされていた証の一つだ。

そもそもタイタニックは、イギリスのホワイト・スター・ライン社が、当時のドル箱航路である北大西洋航路のライバル社対策用に、3隻の豪華客船を計画したうちの1隻である。姉妹船はオリンピックとブリタニック。予備船を入れての3隻体制は合理的な運行体制だ。

タイタニックは実際のところ、安全対策にも力が入れられていた。
防水区画が設けられ、15cm以上の浸水時には自動的に隔壁が閉鎖される機能も備わり、オリンピックとタイタニックの技術資料を紹介した造船専門誌が、沈まぬ船は無いとはいえ「practically unshinkable(実質的には沈まないと言える)」と記載したほどで、そこから「不沈船=沈まぬ船」と呼ばれるようになったという。

今日では考えられない「乗客乗員全員が乗れるほど救命ボートが無かった」というのも、当時としては当たり前であった。それどころか、タイタニックは当時の常識より多くの人数が乗れるほどボートを備えていた。
専門誌に「沈まない」と言われるほど安全に気を配った設計、大型客船は事故にあってもすぐに沈むことはないとされていた当時の常識から考えても、手を抜いたどころか、万全を期した船だったのだ。

タイタニックは、その処女航海として1912年4月10日イギリスのサウスハンプトン港から出航しニューヨークを目指した。北大西洋上で氷山に接触したのは1912年4月14日23時40分頃、翌15日2時20分、船体が折れて沈没した。

この事故を受け、その後各国で安全対策が見直されることとなった。また、船舶への無線装置配備の義務付けが強化されることとなり、無線通信が普及するきっかけになったとも言われている。

タイタニックに起こった悲劇はたびたび映像化され、乗船した画家の卵の貧しい青年と上流階級の令嬢の悲恋を描いた映画『タイタニック』(ジェームズ・キャメロン監督・脚本、レオナルド・ディカプリオ主演/1997年)が、中でも有名である。