作品概要

モーリー・イェストンとピーター・ストーンによるトニー賞受賞作品、ミュージカル『タイタニック』。
それが再び東京にやってくる。
しかも今回は、ロンドンで大ヒットを記録した、新しく劇的に創り変えられたバージョンだ。

演出はトム・サザーランド。
彼がロンドンで創り上げた、少人数精鋭のカンパニーによる密度の濃い今回のバージョンは、ロンドンのサザーク・プレイハウス劇場で産声を上げ、多くの賞賛の声を浴びた。
タイムス誌は以下の様に語っている。

心を掴む、野心的な群集劇。確かな腕と鋭い眼で、演出家は作品を成功へと導いた。

ミュージカル「タイタニック」は、“沈まぬ船”と呼ばれたにも拘らず1912年4月14日に氷山に衝突し沈没した、豪華客船タイタニック号の最期の時を、ピーター・ストーンの脚本とモーリー・イェストンの楽曲により描き出す。
登場するのは、実際に乗船した実在の人物たちで、彼等が胸に抱いていた夢や希望がテーマとなっている。
自分たちを待ち受ける運命を知らず、三等客の移民たちはアメリカでのより良い暮らしを夢見て、また、公民権を与えられたばかりの二等客たちは富と名声を手にした人生を望み、一等の富裕層は輝きに満ちた自分たちの世界が永久に続くことを願うのだった。

大掛かりなスペクタクル・ミュージカルから、人間たちを浮き彫りにしたヒューマン・ドラマへ
~ロンドンで生まれ変わったグランド・ミュージカル~

この作品は、同じくイェストンの作曲のミュージカル『グランドホテル』と同様に、特段「主役」というものを設定せず人物それぞれの物語が並行して進む群集劇として作られています。日本では『タイタニック』と聞けばジェームズ・キャメロン監督の大ヒット映画を思い出す方が多いと思いますが、あれはあくまでタイタニック号の沈没という歴史上の出来事をベースに作り上げたフィクションです。一方、ミュージカル『タイタニック』は史実に基づいて物語が作られており、登場人物はすべて実在の人物、あるいはそれをベースに作られた人間たちであり、壮大な歴史劇であると言えます。

ただ、オリジナル・ブロードウェイ(以下BW)版では、『船』そのものが主役であるという解釈のもとに演出がなされていました。多額の費用をかけて豪華客船を再現し、実際に一等客と二等客と三等客それぞれの甲板が大掛かりな機構の中で上下するという巨大な装置が目玉のひとつであり、ある意味で視覚的に訴えるスペクタクル・ミュージカルであったと言えるでしょう。

けれど今回のロンドン版では、演出家トム・サザーランドは「船の悲劇ではなく、実際にそこに生きた人々の物語である」と、この作品を新たに解釈し直しました。それぞれの『人間・人々』や『人生』に焦点を当てよう、という意図のもとに再構成が成され、台本への変更も細かく行われたのです。

たとえば冒頭、もともとの台本では設計者アンドリュースがタイタニックの偉大さを語るシーンでしたが、それは沈没事故の責任を問う裁判の場面に変更され、被告席に立つイスメイがタイタニックに託した人類の夢を語るという形になっています。また、オリジナルBW版のために作曲されたにも拘らずカットになっていた美しいデュエット『この手をあなたに』が追加され、キャロラインとチャールズの物語にも更に光が当たるようになっています。

舞台美術に関しても、装置を絢爛・大掛かりに作ってしまうことで『船』そのものに必要以上に観客の注意が向いてしてしまうことを避けるために徹底的に削ぎ落とし、基本的に舞台奥のバルコニーと可動式の階段のみ、というシンプルなものにしています。

さらに、BW版の台本では30人程だったキャスト数を20人に減らしています。これにより一人の役者が演じる人物の数が多くなり、例えば一人のキャストが一等客から三等客まですべてを早替えをしながら演じ分けていくことになったのです。これは「タイタニック号の沈没は階級社会の終焉である」という演出家の解釈に基づいたシステムで、「着ている服が違うだけで、一等客も三等客も、中身は皆同じ一人の人間なのだ」というメッセージが込められています。

また沈没事故そのものに対しても、この新バージョンでは新解釈に基づいてアプローチしています。たとえば、タイタニック号の船長と設計士とオーナーが氷山衝突事故及び沈没の責任の所在を問う場面。一日も早くアメリカに到着するためにより高速な走行を促したオーナー(イスメイ)が悪いのか?オーナーの要求を断らず速度アップの判断を下し、乗組員から送られてきた氷山の警告を無碍にした船長(スミス船長)が悪いのか?氷山との衝突で開いた穴から水が入ったことで沈むような設計にした設計士(アンドリュース)が悪いのか?これまで一般的に、あるいはBW版の中でもイスメイに否があると解釈されてきました。しかしトムは、この事故の後で船舶の安全基準が飛躍的に向上されたことに着目。イスメイその人も人類の発展に少なからず関わった人間として見つめ直し、『誰かに非があるのではなく、それぞれが自分のできるベストを尽くした結果、偶然が重なって起こった悲劇である』と事件全体を捉え直したのです。前述の冒頭のナンバーの変更も、この新解釈に基づいたものです。これによりイスメイも、自らの未来への希望をタイタニック号に託した他の乗客たちと同じ『人間』として描き出され、紋切り型の「悪役」というイメージから脱することとなりました。このロンドン版を観劇したイスメイの子孫である方々は、このバージョンで打ち出された新たなイスメイ像に感銘を受け、トムに感謝の言葉を述べたそうです。

ロンドンで産声を上げた新バージョンのミュージカル『タイタニック』。新たな光を当てられて浮かび上がる隠された物語たちが、きっとあなたを忘れられていた歴史の深淵に誘うことでしょう。